【日産・スポーツカーの系譜 その2】
しかしひとたび商品化された以上、その商品にふさわしいCMが案出されなければなりません。
当時の宣伝文句には『スポーツカー時代の到来』が謳われたましたが、日本国中どこにもそんな気配はまだ生まれていません。
当の日産自身、本気になってそう思い込んだわけでもありません。
その証拠に、このS211型はデビューから半年後の34年末に生産が打ち切られました。
この期間に製作された台数は合計20台です。
さて3代目に当たるのがSPL212型です。
このモデルは前作S211型をモデルチェンジしたもので、昭和35年1月に登場します。
シャシとエンジンは34年8月に発売されたブルーバード1200のものを利用しました。
2トーンカラーのスタイルはS211型と同じながら、ボディ材質がスチール製となります。
最大の特徴は仕様面で、生産車は全て左ハンドル、つまり輸出専用車に生まれ替わったことです。